
朝青龍プロフィール

- 最高位
- 第68代横綱
- 生涯戦歴
- 669勝173敗76休(67場所)
- 幕内戦歴
- 596勝153敗76休(55場所)
- 優勝
- 幕内優勝25回
- 幕下優勝
- 1回
- 三段目優勝
- 1回
- 序二段優勝
- 1回
- 賞
- 殊勲賞3回、敢闘賞3回

- 四股名
- 朝青龍 明徳
- 本名
- ドルゴルスレンダグワドルジ
- 愛称
- ドルジ
- 生年月日
- 1980年9月27日
- 出身
- モンゴル ウランバートル
- 身長
- 184cm
- 体重
- 147kg
- 所属部屋
- 若松部屋→高砂部屋
- 得意技
- 左四つ、寄り、突っ張り、投げ
沿革
- 学生時代
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15歳でモンゴル相撲を始め、ナーダムの相撲少年の部で優勝。
1997年に日本の明徳義塾高校に相撲留学し、2年後に若松親方(現高砂親方)によるスカウトにより高校を中退して角界に入門した。
- 入幕
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2001年1月場所に新入幕し、翌年7月にモンゴル出身の力士として初めて大関に昇進。同年11月場所、翌年1月場所と連続優勝して横綱に昇進した。
2003年モンゴル人女性と結婚。長女が誕生した。
- 7連覇
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2004年1月場所・3月場所で、2場所連続全勝優勝(30連勝)を果たす。
5月場所は6日目に平幕の北勝力に敗れて連勝が35で止まったが、同郷の白鵬の援護射撃もあり、優勝決定戦で北勝力を破り3場所連続優勝を達成。部屋、一門の枠を超えて白鵬と喜びを分かち合った。
7月場所も13勝2敗で優勝。1996年の貴乃花以来となる4場所連続優勝。2004年11月場所から7場所連続優勝(史上最多)、2005年には年間6場所完全優勝、年間成績84勝6敗と、様々な記録を更新した。
- 白鵬頭角
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8連覇を目指した2006年1月場所では11勝4敗に終わる。翌3月場所は優勝したものの白鵬に決定戦進出を許し、5月場所では途中休場。7月場所に復帰すると4場所連続優勝し、史上5人目、外国人力士では初となる20回目の優勝を果たした。
翌3月場所は初日から2連敗。その後は13連勝し優勝決定戦に持ち込んだものの、決定戦では逆に白鵬に立合いの変化で敗れた。
- ブランク
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2007年7月場所後、左肘内側側副靭帯損傷などの診断書を協会に提出、夏巡業の不参加を届け出た。その後心療内科医に「神経衰弱および抑うつ状態」との診断を受け、精神科医により解離性障害と診断されたと発表。治療のためモンゴルへ帰国する。9月場所は出場停止処分により全休。11月場所千秋楽を終え謹慎を解除され、11月30日にはモンゴルから93日ぶりに再来日した。
- 復帰戦
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2008年1月場所で前年7月場所以来の土俵復帰。2日目で早くも土がついたが、不安定ながらも勝ち星を積み重ね、14日目まで1敗で東横綱の白鵬と並び、2002年9月場所の武蔵丸-貴乃花戦以来、約5年半ぶりの横綱同士による千秋楽相星決戦となった。過去に類を見ない白熱した大一番の末、白鵬に豪快な上手投げで破れた。
3月場所では11日目までは全勝だったが、14日目には両横綱共に2敗で並び、1995年3月、5月場所の貴乃花-曙戦以来、約13年ぶりの2場所連続の千秋楽横綱相星決戦となった。結果は朝青龍が小手投げで勝利し22回目の優勝を決めた。この優勝で優勝回数が貴乃花と並んだ。
- 不調
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2008年7月場所では、場所前の稽古不足や右足首痛などで不安視されたが、それが的中してしまった。5日目に栃乃洋に押し倒しで敗れた際に左肘を痛め6日目から途中休場。2008年9月場所では9日目までの5勝4敗という成績を受け、武蔵川理事長は休場を勧告し、10日目から休場することとなった。武蔵川理事長は復帰後の場所で進退がかかることを示唆し、朝青龍も進退をかけることを明言した。11月場所は休場。
- 進退をかけた1月場所
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2009年1月場所は、場所前の横綱審議委員会稽古総見では調子が良くなく、進退問題も取り沙汰される状況で臨んだが、初日から14連勝と次第に調子を上げ、千秋楽では本割の一番は立ち合いを失敗して白鵬に敗れたものの、優勝決定戦では本割と一転して厳しい攻めで白鵬を寄り切りで下し、貴乃花光司を抜き歴代単独4位となる通算23回目の優勝を果たした。2009年9月場所では北の湖に並ぶ通算24度目の優勝を果たした。
- 引退
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2010年2月4日、暴行問題の責任を取る形で現役を引退することを表明した。この引退表明は大きく報じられた。一部の新聞では号外が発行され、テレビ各局の同日夕方以降のニュース番組で緊急特集が組まれた。
同じくモンゴル出身の横綱白鵬は同日中に記者会見を開き、「信じられない。まだやり残したことがあったと思う」と語るなど、先輩横綱の突然の引退による衝撃をうかがわせた。
エピソード
- 以前高砂親方がゲスト出演した番組「女と男 聞けば聞くほど…」の出演記念のマグカップをいつも持ち歩いているが、これは若い頃ゴミ捨て場で拾ったものである。苦楽を共にしたマグカップなので、朝青龍本人は『力の源』と話している。
- 細木数子を「日本の母」と慕っている。同時に、日本の父と慕っているのは特等床山の床寿である。
- 亀田三兄弟とも親交が深い。亀田興毅からは「兄貴」と慕われている。
- 日馬富士とは違う部屋でありながら非常に仲が良く、場所中にもかかわらず一緒に夜の街へ繰り出すほどである。2007年1月場所14日目には豊ノ島を破って優勝を決める「援護射撃」を果たした日馬富士(当時の四股名は安馬)から最敬礼されている。
- 2008年1月27日に放送された「新婚さんいらっしゃい!」に元高砂部屋の力士が新婚さんとして登場。朝青龍に子供の名付け親になってもらった事や、新婚家庭のテレビが小さいことを知った朝青龍が、その日の懸賞金を全てこの力士の家に置いて帰ったという話を披露した。
- 幕内昇進後、2010年1月場所を最後に引退するまでの取組での通算の決まり手数は41種を数えた。